七章  カフェに足を運ぶと、ラダーマンがいきなりカウンターに乗り出さんばかりの勢いで、 「聞いたかよココ。えらいことになってるぜ」 「ドラゴンキラーだろ?」 「んだよ、知ってやがったのか。ああそうさ。何とか言う奴が、ドラゴンキラーを引き連れて跳ね回ってやがる。小せえ組織は生き残りに必死って奴さ」 「ロブ。ロブ・アレンビーだ。ドラゴンキラーのほうはアイロン」 「耳が良いな。掃除でもしたか?」 「顔見知りなんだよ。ドラゴンキラーって奴とよくよく縁があるらしい。ふざけた話だ」 「お前んとこにゃ話は持ち込まれてねえのか?」 「じきに来るだろ。好きに遊んでる馬鹿を始末しろって、大金抱えてやって来る」 「だろうな。でだ、ココ。ものは相談なんだがよ、リリィを俺に貸す気はねえか? 何、この騒動の間だけでいい」  大金の匂いを敏感に察したらしいラダーマンは、挑戦的な笑顔を浮かべていた。 「代わりに何出すってんだ?」 「ポニーとスプリングを一晩貸してやる」 「馬鹿言え。女|口説《くど》くのに雇い主に筋通す必要がどこにある」 「へぇ、じゃあ俺がリリィを口説けたら、それでいいってわけだ」  む、と短く呟いたが、 「男の舌は一枚のほうが締まって見えるってなもんだ。今更取り消しは利かねえぞ」 「好きにしろよ」  やられた。  どうやらリリィに対する直接交渉権を取り付ける気だったらしい。  野菜ジュースを注文し、煙草をくわえたところで、当のリリィがのそりと姿を現した。 「よぉよく来たな。調子はどうだい?」 「良く見えるのか? だとすれば店長、その目は取替え時のようだ。幸い最近は死体には事欠かない。そいつらと自分の目を取り替えてはどうだ? もしかしたら今よりよく見えるようになるかもしれない。客商売をしているのだ、そのほうがよか ろう。何なら私が抉《えぐ》ってやろうか?」  と、リリィの切り返しはえげつなかった。  実際、機嫌が悪い。  ドラゴンキラー・アイロンを探すことを、俺に禁じられているせいらしい。ストレスが溜まっている。 「おいココ」 「俺が知るかよ」  ラダーマンは苦々しい表情だったが、それでもめげずに、 「実はな、この騒動の間、あんたの力を借りたいと思ってんだよ。取り分は半々でどうだい?」  リリィはカウンターに座りつつ、 「交渉ごとは万事ココの仕事だ。私を口説いても無意味だぞ。ああ、何か食べる物を大量に。払いはココが持つ」 「おい」 「自棄《やけ》食いだ。見逃せ。まさか駄目だと言うつもりはないだろうな?」 「言うに決まってんだろ。馬鹿かお前。手前の財布から出せ。無いなら火を食え。そっちのほうが安上がりだ」 「金の入る当てがあるのだ。ちょっとくらいの散財は」 「阿呆抜かせ。ああ全く、将来金持ちになれるかもって期待するのはタダだ。だから誰だって期待の一つや二つは抱えてる。けどな、幸せなことだけ考えてたら出来上がるのは能無しの馬鹿だけだ。ぴょんぴょん飛び回ってばっかりのお前に、素敵な言葉をくれてやる。地に足をつけてみろ。そうすりゃ今の財布の中身と相談するのは当然だって嫌でも分かるだろうよ」  リリィはそれを受けて不機嫌な顔のまま苦笑した。 「何だよ」 「すっかり元通りだと思ってな。余計なことをしたものだと自分を呪っている」 「好きなだけ呪え。ラダーマン、飯は一人前で十分だ」 「俺の話はもう終わりか?」 「女々しいぜ。振られたじゃねえか。すっぱり諦《あきら》めろ」  ちっ、と舌打ちが聞こえた。内心ほっとしていたが、程なくその安堵は別のものに取って代わられた。 「ココさん?」  と男の声で呼ばれた。  振り返ると、黒いスーツを着込み、かぶっていたらしい丸帽を胸に当てつつ、男が商売用と思える笑みを浮かべていた。  知らない顔だ。いかにも商売人といった風体だが、この辺りよりも表通りで株の心配をしているほうが似合っている。黒縁の大きな眼鏡に、口元には髭をたくわえた男だった。体型は、横に長い。 「どちらさんで?」 「ジョージと申します。仕事は、ええ、代書屋付きの運び屋を」 「書類を持ってきたってわけかい?」 「はい。正確にはお手紙のようですが。中身は存じません。送り主の名前も。職業上の倫理とでも申しましょうか。悪しからず」 「読めば分かるってんだろ?」 「お答えできかねます。何せ存じませんので」 「徹底してるな」 「お届けして受け取りのサインを貰う。それだけが取り得ですので」  どうにもぬるぬるとした男だったが、眼鏡の奥に見える目を見たときに、むしろ安心してしまった。冷たい目だったからだ。自分のルールに拘る男なのだと、そう思えた。 「受け取るよ。サインをすりゃいいんだな?」  俺が答えると、ジョージは手紙と一緒に受領書と書かれたものを取り出し、一部空欄になっている箇所を指しつつ、内ポケットからペンと朱肉を取り出した。 「見栄張っても仕方ないんだが、字は書ける。でも、面倒だからこっちで」  と俺は朱肉に親指を押し付け、受け取りのサインとした。 「結構です。では、私はこれで」 「ご苦労さん」  ジョージは丸帽を被ると、一礼して出て行った。椅子に座ったまま見送った後、俺は早速手紙の封を切った。  文面に目を通すなり、笑いがこみ上げてくる。 「は、はは。食いついたぞリリィ。中尉様様って奴だな。大仕事になる」  リリィはため息をつき、ラダーマンは面白くなさそうにスープとパンをリリィの前に置いた。  手紙はカフス・ブライダルからのものだった。  ブライダルの事務所をリリィと連れ立って訪ねると、以前と同じ芋顔が案内を務めた。芋顔は頭に包帯を巻いていて、女とケンカでもしたかい、と尋ねると、 「あんたが連れてきた酔っ払いにやられたんだよ」  と実に恨みがましい視線で返された。鼻で笑ってやった。 「そいつはご愁傷様。が、俺に言うのは筋違い」 「後見人だろ。だったら筋は通ってる」 「忘れたな、そんなこと」  芋顔は目を丸くし、リリィはため息をついた。結局それ以上の会話は無く、俺たちは応接室へと足を踏み入れた。  応接室では、明らかにやつれた様子のカフスが、それでもソファに大きく座り、正面を真っ直ぐに見据えていた。 「よぉ大将。お疲れの様子だな。今日は女の横でとっとと寝ちまうのが吉だ」 「下らねえ話で時間を潰すのは勿体ねえ。座ってくれるか?」  苦笑しつつ向かいに座った。リリィはいつものように、俺の後ろに控えている。と、芋顔がカフスに何やら耳打ちし、それを聞きながら、横目で俺を見て、表情を険しいものへと変えた。  何を考えているのか手に取るように分かる。  要するに、中尉の一件を俺に始末させようとしているわけだ。それも、後見人に立っているから、という理由で。しかも、ここが大事だが、ただで。  普通ならば受ける。受けねば義理を欠く。  が、大金を手にするチャンスをふいにするような真似は論外だ。義理を欠こうとも、大金を取るべきだった。だからこそ、芋顔に対してさっきみたいな態度を取って見せた。 「何の話かは分かってるんだろうな?」 「おおよそは」 「お前が連れてきたアル中。随分好きに遊んでるみたいじゃねえか。しかもなんだ、どっから手に入れたのか、ドラゴンキラーまで連れてよ」 「おやおやぁ? ちょっとばかし違った話が聞こえるなぁ? アイロンはあんたんとこにいたはずだぜ。あの酔っ払いとアイロンの接点はここにしか無いからな」 「知らねえな。何の話だ?」  つまり、中尉とアイロンの二人共ブライダルとは一切無関係だ、という話にしたいらしい。 「ま、そういう話ならそれでも構わねえけどな。手っ取り早く行こう。幾ら出す?」  来たか、とカフスの顔が言っていた。ここが勝負所だ。 「おいおいココ。あのアル中は手前が連れて来たんだろ? お前の事務所が後見に立つって話だった。確かにそういう話になってた。だったらよ、お前の責任であのアル中を捻《ひね》るのが当然ってわけだ」 「ああ、あの時眠かったから。疲れてたし」  カフスは目を細め、俺は下卑《げび》た笑顔を浮かべた。 「義理を違《たが》えると、生き難《にく》くなるんじゃねえかなぁココ?」 「悪いが死に損ないだ。金にしか執着しねえ半端者だよ。義理? 情? 分かりやすく行こうぜカフス。そんなもん糞喰らえだ。仕事させたきゃ金出しな。そうすりゃ金の分はきっちり働いてやる」 「損して得取れって奴さ。金より名前だ。そうすりゃ金なんて後から幾らでも入る」 「目と頭が悪くてね。先のことまで見通せねえよ」  気まずい雰囲気が確実に醸造されつつあった。お陰で、沈黙が降りてくる。  カフスは胸の辺りに組んだ手に力を入れては抜く作業をせわしなく繰り返し、俺はゆっくりと煙草を取り出し、リリィに火を貰った。部屋に居た何人かが、リリィの指先にともされた炎に目を丸くする。煙を細く吐きながら、 「一銭も出せないってんなら仕方ない。他のドラゴンキラーにでも頼めよ。そんなものがどこに居るのか知らねえが、何、あんたは組織のトップだ。俺が知らないことでもあんたなら知ってる。そうだろう?」  それでもカフスは悩んでいた。  長い長い沈黙。気まずい沈黙。  が、ブライダルが最も多く金を吐き出すだろうという、ほぼ確信に近いものがあったから、逃すつもりはなかった。  ブライダルが最も恐れる事態は、中尉とアイロンがブライダルの関係者だと知れることだ。そうなってしまえば、二人の被害にあった連中はブライダルへと怒りの矛先《ほこさき》を向けかねない。しかもそれだけでは終わらない。ドラゴンキラーを手に入れていたという事実は、他の組織にとって重くのしかかるはずだ。ブライダルに企みがあった。それだけで難癖の理由としては十分過ぎるだろう。今現在、街の実質的な支配者である商会は、恐らくは過敏に反応してくれるはずだ。  だからカフスはそうなることを恐れている。最強の矛として機能してくれるはずだったドラゴンキラーが、どこで間違ったものか酔っ払いにくっ付いて行ってしまって、手元に無い。  哀れだとは思う。が、飼い犬に首輪を付けられなかった馬鹿、とも言える。  俺の場合はと言えば、常々言っている通り、嫌になれば出て行ってもらって構わないと思っていたから、身軽なものだ。心底そう思う。俺は俺、リリィはリリィだ。俺自身が好きに生きている以上、誰かを無理矢理に巻き込んで生きるのは御免だった。だから好きにしろ、と選ばせる。  長い沈黙の末、カフスは、 「三百枚。もちろん金貨で」  と口にした。俺は心の中で苦笑しつつも、考えている振りをし、 「二千枚。もちろん金貨で」  と返した。カフスが目を丸くする。 「出せないんなら構わないぜ。他の組織からも幾らか声はかかってるんでな。一番出してくれるところと契約するよ」 「せ、千枚」 「千八百」  カフスの顔がどんどん険しくなる。なかなかの見物だったが、表情には出さないよう努めた。 「くそったれ。ああ大損だよくそめ。あのアル中がっ!」  と頭を力任せにがりがりと掻き、 「千五百だ! これ以上は出さねえぞ!」  と喚くように言い切った。俺は薄く笑い、 「決まりだ。が、色々用意もしたいんでな、前金で半分出せるならって条件を付けさせてもらう。大仕事なんでね、あんたが逃げないように」 「そりゃこっちの台詞だろうが」  打ち合わせの末、結局カフスは前金を用意した。 金は革張りのケースに用意され、中身を確認すると、二つの革袋にそれぞれ金貨がみっしりと詰まっていた。 「結構だ。じゃ、精々成功を祈っててくれ」  ケースをリリィに渡しながら立ち上がると、 「ああ、一個条件を付けたいんだがな?」 「何だ?」 「あの酔っ払いとドラゴンキラーな。出来るなら生きて連れ戻せ。それくらいの金は払ってるつもりだ」 「ドラゴンキラーのほうは分かる話だが、アル中のほうもか?」 「決まってる。俺の手で殺すためだ」 「それもそうか。ま、期待に沿えるよう最大限やらせてもらうよ。後は俺たちの能力と運次第。どっちも足りてりゃ上手く行く。足りなかったら、死体になるってね」 「逃げたら探し出して殺してやる」 「ああ、それは俺もよく口にする」  そう言葉を残し、俺たちはブライダルを後にした。  方針を練ろうと一旦カフェに身を寄せてみると、リリィはアルマの様子を見に行くと言ったっきりなかなか戻って来ず、スプリングとポニーの二人のウェイトレスの姿も無い。  どうにもつまらない話だったが、俺はラダーマンとの会話で間をもたせるしかなく、しかもその話題が最低だった。先ほどから分け前を寄越せと難癖ばかりつけてくる。 「分け前寄越せよココ。日頃から色々と世話してやってるだろう? いやいや、世話どころじゃねえ。こりゃ恩があるって言うべきだ」 「年寄りが金、金言ってると惨めに見えるぜ。あんたも気をつけろ」 「俺のどこが年寄りだってんだ」 「四十超えてんだろ? 年寄りじゃねえか」 「馬鹿言え。俺ぁ生涯成長期だ。いつ何時だろうがそりゃもう天を衝く勢いで伸び盛りってなもんだ。ま、実際下のほうにも衰えはねえ。こりゃもうお前、一生現役だろ」 「そのうち立たなくなるだろ。年食うってなそういうこった」 「百まで女抱くのが俺の夢さ」  その言葉に、中年太りした男が若い女の体にむしゃぶりつく様子を想像し、 「悪いこた言わねえから、女を楽しむのは五十までにしとけ。後は誰にも迷惑掛けねえように、全部頭の中だけで済ませろよ。そのほうが世界平和のためだ」 「馬鹿だなココ。馬鹿だ馬鹿だとは思ってたがそこまで馬鹿だとは思わなかった。男にとって世の中ってのは金と女と酒だ。どれが欠けても人生つまんねえよ。逆に言やあ、それさえあればこともなしって奴さ」 「そこに銃と血と煙草を足しといてくれ」  ラダーマンは呆れた様子だった。 「荒事ってのはただの手段なんだぜ。お前はたまにそいつが目的になっちまうところがあるからな、長生きしたけりゃ気をつけろ」 「別に長生きに興味はねえよ」 「そいつは大損だな。人生は長いんだぜ。楽しめるだけ楽しまなくてどうする。あれか、年食って体が動かなくなるのが惨めだから旬のうちに死にてえって理屈か。俺に言わせりゃクソ舐めた理屈だ。百まで体動かすんだよ。そうすりゃ何もかんも長いこと楽しめるじゃねえか」 「世の中の大半はそうじゃねえだろ。ま、実際、そんな先のことは想像出来ないってのと、銃を握ってる以上は、どっかで撃たれて死ぬって思ってるからだよ。長生きする前にどっかでしくじって殺されるのさ。全く似つかわしい死に方だ」 「はっ、そいつは格好つけてるだけだ。負け犬の戯言《たわごと》だ」 「言ってろよ」 「言うさ。こいつは俺が人生で得た教訓って奴だからな。さていいこと聞いたろ? 金貨の百や二百、渡してもばちは当たらねえよ」  下らない馬鹿話で時間を使いながらも、さてどうしたものだろうと頭を捻っていた。  まずは情報からだ。パーマーに依頼すれば確度の高い情報が手に入るだろう。  問題は、敵と定めた二人の動きだ。俺がブライダルから依頼を請けたことを知っているのはラダーマンとブライダルの関係者だけだ。まさかそこから漏れるとは思えないが、どこに耳があるか知れたものではない。  漏れているという最悪の状況を想定した場合、二人はどう出るだろう。  俺だったら、攻める。先手必勝だ。最大戦力であるドラゴンキラーを真っ先に投入し、リリィの首を取る。その時点で勝敗は決定する。が、中尉から誘いを受けた時のことを考えれば、相互不干渉、という立場はまだ生きているはずだ。  であれば、中尉に付くと見せての不意打ちは相当に有効。リリィと連れ立ってのこのこと訪問し、その足でアイロンを仕留める。  それが一番有効かな、と野菜ジュースを飲みながら考えを絞っていると、店の奥からリリィとポニーの二人が姿を見せた。 「よぉココ。久しぶりじゃねえか」  ポニーはそう言って艶《つや》のある笑顔を見せた。黒髪を無造作に伸ばしたセックスアピールの塊だ。メリハリの利いた体と、化粧によって素材をさらに際立たせた美顔。欲情しない男は居ないとさえ思える凶悪な存在だった。男言葉なのが玉にきずだが、そんなものをものともしないだけの色気を発散している。 「アルマはスプリングが見てるのか?」 「ああ。医者の話が本当なら、明後日にゃ痛みは引くんだろうけどよ。かわいそうなもんだよ、全く」 「アルマは芯《しん》が強いからな。自分のことはいいから仕事しろとか言いそうだ」 「そうそう。またそれがじんと来るんだよ。小せえってのに、大したもんだ。うん。あれだな、近寄ってくる変態はあたしが三センチ角の細切れにして豚に食わせよう」  頼もしいな、と笑顔で返すと、ポニーはカウンターに入り、一方のリリィは俺の右隣に座った。 「で、どうするか決めたのか?」 「不意打ちだな。奇襲っつってもいいか。とにかく、一旦あのアル中に擦《す》り寄って、機会を見てから女ドラゴンキラーを仕留める」 「卑怯だな」 「当然の判断だろ。勝ちゃいいんだよ。勝ちゃ。方法や見栄は三の次四の次だ。可能な限りいかに損害を出さずに相手を殺すかってのが大事だ。そのためなら奇襲ってのは相当に有効だ」 「正々堂々と正面からというのは無しか?」 「どうしてもやりたけりゃ騎士様にでもなればいい。奴等が何か知ってるか? 知らなきゃ教えてやるよ。名誉とか誇りとかっていう冗談に命を賭けられる変態どもさ。分かりやすく一言で言うと、馬鹿だ」 「ものは言いようだな。復讐という行為も、その実誇りを守るためのものではないか?」 「終わった話だ。昔の話すると老けるぞ」 「おや、私はただ例を引いただけで、お前のとは言っていない」  一瞬間を置いてから、 「手前の晩飯はガスで決まりだ」 「前金も入った。今日くらいは美味いものを。いや駄目だな。アルマが治ってから皆で行くとしよう」 「とりあえず出るぞ。パーマーのとこだ。アル中がどこに本拠を置いてるか調べなくちゃだ」 「一人で」  リリィが答えかけたのと、轟音《ごうおん》が響いたのは同時だった。  即座に振り返るリリィ。そして次の瞬間、カフェの壁を何かが突き破った。  ぱん、と高い音が響いたかと思えば、埃がもうもうと舞う中、リリィが右手に恐らくは砲弾だと思えるものを握り締めていた。  声も無い。が、体は動いた。  銃を抜きつつ伏せた。同時に次弾が壁を粉砕する。二発、三発と立て続けに撃ち込まれ、鉄板が仕込まれている壁は大穴を開けられた。 「ココ! 指示を出せ!」  砲弾を素手で受け止めつつリリィが叫ぶ。次弾が打ち込まれる前に外に出ればここまで酷いことにならなかったと思うが、とやかく言っても仕方がない。 「外に出て連中を黙らせろ! 砲を潰せ!」  が、リリィが飛び出すと同時に、今度は機銃の掃射が始まった。  リリィの判断が一瞬遅れた。何をやっている、と腹立たしかったのは一瞬。次にリリィが取った行動は、外に出て敵を黙らせるよりも、味方を守ることだった。  リリィは伏せている俺の前に立つと、容赦なく飛んでくる銃弾の雨を遮る盾《たて》になった。 「馬鹿かお前。んなことしてる暇あったら攻めろ。俺のことはいい。カウンターの中に入る!」 「しかし」 「いいから。とりあえず外のでかぶつを黙らせれば、好きにやれる。その自由を確保するためだ。行け、全部ぶち壊せ」 「だが」  となおも食い下がろうとしたリリィに対し、 「放っておくと建物自体がやばい。事務所も、何より二階で寝てるアルマもだ」  アルマの名前には効果があった。リリィは即座に顔色を変えると、その場から消えさり、かと思えば何かが壊れる音が派手に響いた。  銃弾の雨が止んだ。  それを確認しつつ、俺はカウンター内部へと転がり込んだ。ラダーマンが物凄く不愉快そうな顔をしていた。手にはライフル。奥にはポニーが銃を抜いている。 「なんだってんだ畜生。店に砲弾撃ち込みやがった。戦争でもやってるつもりか糞ったれ」 「災難だな」 「連中の狙いは手前だろ。どう落とし前つけんだボケナス。うちは巻添え食った形じゃねえか」 「俺が悪いって? 冗談じゃねえ。こうなることを見越して俺をたたき出さなかったあんたのミスだろ。大体」  と言葉を重ねようとすると、カウンターに並べられていた酒瓶が割れた。  銃弾。敵が自由に動けている証拠。  顔をしかめつつ、舌打ちを一つ。リリィは何をやっている。  が、瞬時に嫌な、そしてどこまでも現実的な想像が湧いた。ドラゴンキラーの動員。  アイロンが近くに居る。そしてその相手に手間を取られている。  なるほど理に適っている。リリィさえ居なければ、こちらの戦力は圧倒的に小さい。  呑気に方針を練っている場合ではなかった、ということらしい。後手に回った。 「ラダーマン。百まで女抱くんだろ? こんな所で死ねないよなぁ?」 「今は置いとけ。うちの店をぶち壊しやがった阿呆共に、ありったけの鉛弾をくれてやらにゃ、たぎったサオも収まっちゃくれねえ 「ともあれ、こんな所に縮こまってたんじゃジリ貧だ。出る。援護よろしく」 「ポニー。狙いはいい加減でいい。当てようなんて思うなよ」 「あいよ。負けたらクソ共の相手をさせられそうだもんな。そいつは願い下げだ。地獄の化け物どものほうがまだ上手いに決まってんだ」  苦笑しつつ、カウンターの中にあった銃をベルトに突っ込み、 「ダブルアクションは使わない口だったっけ? 面倒くさいんだよなあ」 「我侭抜かすな。あるだけマシだと思え」  頷いてカウンターの脇から身を低くして飛び出した。  人数を確認。十人は下らない。  同時にラダーマンとポニーが体を起こして引き金を引いた。横合いからまともに食らった何人かが倒れ、そして俺のほうも仕事を始めた。  一、二、三、と順調に頭を撃ち抜いていく。四、五、六。  六発打ち終えるなり素早く移動を開始。銃をベルトに突っ込もうとしたのだが、誤ってさらに内側に突っ込んだ。俺の大事な分身の近くが焼けていくが、お陰で何やら自分が遊んでいるような気がしてきて、殺し合いの真っ最中だというのに、妙に笑えた。  ラダーマンの銃を新たに手にし、左手を撃鉄に叩きつけるように、猫背の姿勢で引き金を引いた。いわゆるあおり撃ちだ。  が、感覚がいつもと違うせいか、ろくに当たらない。撃ちつくしたところで銃自体を投げつけ、その隙に再びカウンターまで戻った。 「あと何人だ?」  とラダーマン。 「新しく突っ込んで来てたからな。たいして減ってない」 「くそったれ。リリィは何やってんだ」 「多分だが、相手方のドラゴンキラーが来てるんだろ。そいつの相手に手間ぁ食ってそれどころじゃねえのさ」 「ここじゃ場所が悪ぃ。二階に引く。階段でやりあったほうが楽だ」 「砲の心配があるぜ。外から撃ち込まれりゃ終わりだ。今は馬鹿どもが居るお陰で考えないで済んでるけどな」 「せめてそいつは潰してくれてると思おうや。賭けだけどな。乗る乗らねえは手前で決めろ。俺たちゃ引く」 「付き合うに決まってんだろ」  喋りつつリロードを行っていたため、俺はとっとと体を起こして引き金を引いた。すぐに反撃を貰うが、その時にはカウンターに伏せて移動を始めていた。  這うように進み、するりとドアの奥に転がり込む。 「いたぞ! そっちだ!」  と声が聞こえた。 「走れ!」  俺たちは伏せていた体を引き上げ、階段をどたどたと駆け上がった。上りきったところで早速振り返って三発。即座にリロード。が、俺のほうもこれで後六発。 「ポニー! 銃と弾だ。それからアルマとスプリングの様子だ」 「このインポ野郎! うちの手下に勝手に命令してんじゃねえっ!」  ラダーマンが叫び返しつつ、階下に向けて引き金を引く。ちらりと様子を確認すると、ポニーが素早く部屋のドアを開けているところだった。俺が六発打ち終わらない間に、弾薬の詰まった箱を、廊下を滑らせて寄越した。 「リロードに手間食うんでよろしく」  短く言ってリロードを開始。排莢《はいきょう》まではすぐだが、一発ずつ押し込む作業が面倒でならなかった。俺が銃を構えたかと思えば、入れ違いにラダーマンもライフルに弾を詰め込んでいく。  階段の下に死体が量産されていった。  程なく二人のウェイトレスがアルマを連れて現れた。ポニーの左手には首根っこを掴まれたピスがぶら下げられていた。アルマは苦しそうに顔を歪めていたが、微かに目を開き、そして微笑した。 「こっちは気にしなくていいぜアルマ。寝てろよ」  頭を撫でて、アルマの腕に黒猫を抱かせると、再び銃を構えた。今度は三人だ。スプリングはアルマを抱きつつ、リロードを行っている。お陰でこちらが撃てる弾の数が跳ね上がった。 「いけそうだな。押し切れそうだ」  ラダーマンがつまらなそうに呟き、俺は無言で仕事を続けた。  轟音がして俺たちの背後が吹き飛んだのはそのときで、直後に煙の中から人影が一つ突進してきた。  銃を向け、引き金を引く。  が、そいつは即座に体を沈め、かと思えば手に持っていた銃の引き金に指をかけていた。弾が下から来た。慌てて身を反らすと、そいつは流れるような動作で今度はスプリングを狙った。  ラダーマン、と叫ぼうとしたところで、どこかで意思の疎通でも出来ていたのか、ライフルでそいつの顔面を狙っていた。  轟音。  が、そいつはそれもかわし、そして少し距離を取った。  そこでようやく顔がはっきり見えた。  そいつは、以前細い路地でやりあった挙句、俺を殺しかけた腕利きだった。 「ラダーマン、ポニー。下の相手を頼む。こいつは俺が殺す」 「阿呆め。下らん拘りなんざ捨てろ」 「ちゃんと殺すから」 「俺が殺されたら手前のせいだからな。生き返らせてもう一回殺してやる」  苦笑でそれに応じ、俺は男に向き直った。 「そういや名前も知らねえな」  男は醒めた目でこちらを見返すばかりで、何も言わなかった。 「まさか喋れねえってこたないよな? 俺の名前は知ってんだろう? 俺だけ知らねえってのは不公平だ。なんせこれから殺す相手なんだからな。知っといたほうが、後で吹く時に相手に伝わりやすい」 「ブロック。リッパーと呼ぶ者もいる」 「一つ、訊いていいか?」 「俺を殺した後で訊け」  口の端を歪め、弾を二発。ブロックはそれを難なくかいくぐり接近し、銃弾をかわす用意をと構えていた俺に、その銃自体を軽く放った。目の前で銃が弧を描く。  一瞬、見とれた。  即座に現実に引き戻されるも、まさにブロックがナイフを俺に突き出そうとしているところで、かわしきれないと踏んだ。だから避けなかった。  足を踏ん張り、左腕を刺させた。気絶するかと思うほどの痛み。  しかも、そうやって時間を稼いで反撃、という俺の目論見はあっさりと敗れた。ブロックは俺の思惑を看取《みと》ってか、ナイフを刺すなり手を離していた。そこに銃弾を二発見舞ったが、かすりもしない。ブロックは離れたと思いきやまた距離を詰め、新たに取り出したナイフで俺の顔面を狙った。  よけた。ぎりぎりで。お陰で頬が切れたが、そんなことに構っている余裕は無い。突き出され、伸びきった右腕を、下から撃った。 ぶしゅ、と粘ついた音が響き、ブロックの右の二の腕に穴が開いた。動かなかったブロックの表情がそこで初めて動いた。驚いているらしい。  やや距離を取ったブロックは左手にナイフを持ち替え、俺をじっと観察する。  ナイフが刺さったままの左腕が痛くてたまらなかった。血も流れている。嫌な汗が噴出しかけていたが、殺し合いの興奮と、後に待っているだろう生還の安堵に対する期待が、それをかろうじて抑えていた。  弾は残り一発。それから左腕にナイフ。刃物は性に合わないが、使わないわけにもいかないだろう。  睨み合いになった。  先に動いたのはブロックのほうからだった。  一気に距離を詰め、ナイフの斬撃、突撃を見舞う。銃身でそれらをいなしていたが、前と同じパターンだと気づいた。  足が来る。  そう警戒していたところ、飛んできたのは足ではなくナイフのほうだった。ブロックは手にしたナイフを俺の顔目掛けて投げた。かわせる、と思った。  実際余裕があるほどだったが、ブロックはその一瞬で距離を一気に詰め、そして無理矢理右腕を伸ばした。先にあるのは、俺の左腕。  狙いはナイフ。  銃を使うか。駄目だ、残りは一発しかない。だがこのナイフを取られるのは拙い。  一度に色々考えすぎたせいで、判断が遅れた。  ぶしゅ、と今度は俺の腕から音がし、そしてナ イフを抜かれた俺の左腕からは血が噴出した。叫びたくなるほどの痛み。そして痛みで更に判断が遅れた。  首か顔か。ともかくも突き出されるナイフがやけに遅く見えたが、それでも体が反応仕切れなかった。  死んだ。間に合わねえ。  ぱん、と銃声がしたのはその時。ブロックの右手からナイフが弾かれ、俺はブロックの腹を撃った。  勝負はそこで終わった。  一拍遅れでやって来た安心感は、腕の痛みとない交ぜになった挙句に、物凄く嫌な汗をかかせた。肩で息をしつつ右の方を見ると、スプリングが銃を構え、そしてにやりと笑った。 「邪魔しねえって話じゃなかったか?」 「店長とポニーはそうだけど、あたしは何も言われてないし」 「屁理屈だな。が、助かった」 「あ、怒らないんだ。勝負を汚《けが》した、とか」 「そりゃあ思ってるさ。けど、命の恩人に食って掛かれるほど道理から外れてるわけじゃねえよ。今度何か奢る」 「やった」  俺は左腕を押さえながら、廊下に仰向けに倒れているブロックに近づいた。腹から血を流し、咳き込んだかと思えば、口の端に泡を作った。 「あんたの勝ちだった」 「死ぬのは俺だ。だったらお前の勝ちだ」 「ロブはどこに居る」 「自分で探せ」 「ま、そう来るわな。大体何だっていきなり攻められなきゃならねんだ。俺はあのアル中に誘われてたはずなんだがな」  ブロックは血の気の引いていく顔に、そこで初めて笑みを浮かべ、 「そう言ってあるから油断してる、だとよ。あいつはあれで人を信じてるところがあるからってな」 「くそったれ」 「俺は死ぬが、勝負はあの人の勝ちだ」 「あ?」 「俺たちの仕事はお前たちを分断し、ここに貼り付けにすることだよ。あの人の狙いはドラゴンキラーのほうだ」 「リリィが負けるって断言出来るのか?」 「出来るさ。生き物が相手なら、痛竜のドラゴンキラーは無敵だ。生き物ってのは、痛がりだか」  言い切らないうちにブロックは激しく咳き込み、さらに血の泡を吐き出した。  ここまでか。 「スプリング」  と呼びかけて銃を借りようとすると、ブロックは左手で自分の心臓を指差し、 「ナイフで、頼む。リッパーの、最期が、銃弾じゃ、締まらねえ」  俺は廊下に落ちていたナイフを手に取り、そのまま心臓へと突きたてた。びくり、とブロックの体が痙攣《けいれん》し、そして動かなくなった。手に残った感触が気持ち悪い。これだから刃物は嫌だ。殺し合いを生々しいものへと変貌させる。乾いていない。湿りすぎている。  やはり銃だ。そちらのほうが簡単だし、何より俺に何も残さない。  深く息を吸い、細く長く吐いてから気持ちを切り替えた。  敵の狙いがリリィだとしても、ドラゴンキラー同士の戦闘に割って入る意味が無い。出来るのは勝利を祈ることだけだ。 「ラダーマン」 「呑気にくっちゃべりやがって。とっとと手伝えってんだ」 「分かってるよ」  とは言ったものの、階下の連中は攻めあぐねている様子で、なかなか顔を出そうとせず、たまに何発か撃つだけで足りた。ほとんどにらみ合いのような格好だった。折りを見て、左腕を布で巻いた。  程なく、どん、と砲がどこかで鳴った。続けてもう二発。 「おい、退《ひ》くぞ。お仕事は終わりだとよ!」  下から声が響き、俺はラダーマンと視線を交わした。 「もう五分待ってから降りようや。もちろん完全武装で」 「とっとと止血と縫合がしたいんだがな」 「唾つけてやるよ。有料で」  煙草を取り出しながらラダーマンが笑った。 「誰が好んで病気貰うってんだ」 「アルコールもびっくりの消毒薬だぜ。病気持ちの女なんざそれで治ったって話だ」 「言ってろ変態が」  店に下りると、なかなかに酷い様子だった。  巻添えを食って死んだ客。俺たちが殺した連中。粉砕された壁、家具、酒瓶。そして薬莢と血。  敵の姿は完全に無くなっていたためか、外には野次馬がたむろし、そして店内ではラダーマンが頭を抱えていた。 「ああくそったれ。舐めやがって。営業再開するまでどんだけ時間かかるってんだ。ああ?」 「俺に言うことか?」 「当たり前だ。手前の巻添えを食ったんだぞ」 「その話は終わってるぜ。こうなることを見越せなかったあんたが悪い。そもそもこうならないようにアルマをここに置いたんだろ? リリィの力を当てにしてよ」  からかうように言うと、睨み返されたため、それ以上の言葉は継がなかった。 「死体は掃除屋に頼んで今日のうちに引き取ってもらうとして、片付けは明日以降だな。畜生、畜生、畜生。とんだ出費だよ馬鹿野郎」  ラダーマンの恨み事を聞き流しつつ、 「俺は部屋に戻る。リリィが戻ったら、顔を出すよう伝えてくれ」 「手前は一生部屋から出るな。外から鎖と釘で封してやるからよ。そうすりゃ俺の店が安泰で何よりだ」  その晩。明け方近くまで待ったが、結局リリィは姿を見せなかった。  つまり、勝敗は決した。俺の負けという形で。 [♯改ページ]   男と女  ロブは力を振るうことに躊躇《ためら》いを見せない。そして私にも同様のことを求めた。  嫌だと言ったことも無ければ、そのつもりも無かった。  そしてロブと共に居る自分を自覚したとき、なるほど私は寂しかったのだと、強く思うようになった。  力を手にして以来、ずっと付きまとっていた孤独。  嘆き、恨み、そして受け入れたつもりでいたが、やはりそこから逃げたかったのだろう。  もはや私は孤独ではない。ただそれだけで救われた気になる。  知らず知らず蝕《むしば》まれていたのだと、今になってようやく気づく。 「どうして子供が欲しいか分かった気がする」 「そりゃよかった」 「一人で死んでいくのが怖いからだと思う」  ロブは挑むような笑顔だった。 「俺がくたばるときはお前が看取ってくれるんだろう?」 「残されるのは嫌だから私が先に死ぬ」  私の答えにロブはひどく満足したようで、 「お互い様だな」  と笑った。 [♯改ページ]   八章  昼過ぎに目を覚ますと頭痛だった。  ここ最近の中でも一番の大物で、脳味噌が粉砕されるんじゃないかと思えるほどの痛みがあった。汗と吐き気が相当に酷い。  ベッドから降りようとするだけで駄目になりそうだった。一歩踏み出すごとに、頭の中をかき回されてどうしようもなくなる。  機嫌が悪くなれる程度の可愛い痛みではなかった。まともに動けない。  恐らく最も楽な姿勢である中腰のがに股でなんとか寝室を後にし、キッチンでタンクから直接水を飲んだ。喉を鳴らすと、肩で息をしたままでその場に崩れる。  痛い。洒落にならない。こんなに酷いのも久しぶりだ。  酒と煙草で一日潰すか。どうせ今日は使えない日だ。そういえば仕事は。  と考えたところで、昨日のことが思い出された。そうか、リリィが居なくなったのだ。死んだかどうかは確認していないが、もしさらわれたのだとして、生き延びている可能性はあるだろうか。性格からして篭絡《ろうらく》するのは困難なような気がする。であれば、始末するだろう。  絶望的か。  煙草を取り出して、一服。煙を吐くと、少しだけ落ち着いた気がする。  逃げるべきだ。負けたのだから、いつまでもこの土地に居るわけにはいかない。リリィを仕留めたのならば、俺なんかに構う必要は感じられないものの、かといって見つかれば殺されそうな気もする。  他所《よそ》の土地で便利屋稼業か。人脈を築くのが一苦労だが、それはこの街に流れてきた時も同じだった。まあ、なるようになるだろう。重たい荷物も無くなった。一人で身軽なものだ。  煙草を灰皿に捨て、ずきずきと喚き散らしている頭痛に顔をしかめつつ用意を始めた。  銃と弾。服はかさばるから置いていく。煙草を幾らか。そしてブライダルから頂戴した前金を全部。それらを革張りのケースに詰め込んだ。ライフルを持っていこうかと思ったが、それならば銃をもう一丁ぶら下げたほうがいいかと思いなおし、腰にガンベルトを巻いて、そこにスペアの銃を差した。バランスが悪くなった。体が左に引っ張られるような気がする。が、歩けないことはないだろう。 部屋を出て、一応鍵をかける。出る前にラダーマンに断りを入れようと、俺は昨日までカフェであった場所に顔を出した。  ラダーマンと二人のウェイトレスが物凄く不機嫌そうに片づけを行っていた。 「よぉラダーマン。災難だったな」  あん、と険のある声が返ってきたが、その後、俺の格好を見て察したらしく、 「さすがに早《はえ》えな。ま、妥当っちゃ妥当なとこだ」  と漏らした。 「えぇ、ココ行っちゃうの?」 「そりゃ逃げねえとな。殺されちまうよ」 「三年とちょっとか。ま、あんたのことは嫌いじゃなかったよ」 「俺もだよポニー。一度くらいは遊べるかと思ったんだがな」  笑顔を見せつつ、ラダーマンに事務所の鍵を放った。 「アルマはどうすんだ?」 「置いてく。邪魔だからな」 「情の無ねえ奴もいたもんだ」 「あんたんとこの身内でもあるだろ。ま、リリィが居なくなっちまったからな。置いとく価値はもう無えかもしれねえけど」 「顔ぐらい見せていけ」 「そりゃそうするさ。リリィのことはもう伝えたか?」 「まだだ。そいつはお前の役目だろ」  俺は手を挙げて答え、店の奥から二階へと上がった。ドアをノックすると、 「はぁい」  と弱々しい返事。 「俺だ。入るぞ」 「あ、ココ」  アルマはベッドに横になっていた。足の辺りに黒猫が丸くなっていたが、俺が部屋に入るなり顔を上げた。それからアルマが起きていることに気が付いたようで、遊んで欲しいとの意思表示か、胸の辺りまでするすると移動する。 「具合はどうだ? まだ苦しいか?」 「うん、もう大丈夫。ほんとよ。本当に本当」 「今日一日ゆっくりしとかなくちゃだ。医者の見立てじゃ、五日っつってたからな」 「うん。ココ、どこか行くの? お仕事?」 「まあそんなところだ。逃げるんだよ。遠くへな」 「遠く?」 「そう。どっか遠い所だ。バスラントからも出る必要があるかもしれねえな」 「じゃあ準備しなきゃ」  とアルマは体を起こしかけたが、俺は手で制した。 「アルマはここに居るんだ」 「え? じゃあリリィは?」 「リリィは死んだ」  アルマの目が大きく開かれた。 「嘘」 「多分もう死んでる」 「多分なんでしょう? じゃあまだ生きてるよ」 「確かめたわけじゃない。けど、生きてるなら戻ってくるはずだ。捕まってるって線も生きちゃいるが、確かめるにはリスクがでかすぎる」 「じゃあ捕まってるんだよ」 「かもな。けど、敵にはドラゴンキラーが居る。出し抜ける気がしねえよ。だから死んだものと考えて俺は動く。そういうわけでアルマ。お別れだ」  俺はそう言ってケースを開け、中から金貨の入った袋を取り出した。 「リリィとアルマの取り分だ。金貨が四百五十枚入ってる。どう使うかはアルマの自由だが、悪いこた言わねえ、国に、マルクトに帰れ。そして皇女派の連中に助けてもらえ。それが一番長生き出来るはずだ。ジンとの約束を破っちまうことになるが、何、構わねえだろ」  アルマは泣きそうな顔で、首を横に振った。 「死んでないもん」 「アルマ」 「死んでないもん」 「引き際って奴だよ。そいつを間違えると大抵死ぬ」 「死んでないんだもん」  アルマは目に涙を溜めながら上体を起こし、立てた膝に顔を埋めた。時々肩が震える。主の異常を感じ取ったか、黒猫が頬を舐めた。  絵になっていた。  普通の人間なら、何か言葉をかけてやりたくなるに違いない反則的な所作で、俺もあっさり屈することになった。 「泣いても何も解決しねえ。リリィが生きてるってことを確認したけりゃ、精一杯頭を使え。自分に何が出来るか。出来ることのどれを組み合わせれば成功に届くか。駄目なら自分を練り上げて手 札を増やせ。そいつが成功の秘訣《ひけつ》って奴だ。さあアルマ、まずは泣き止んで顔を上げるとこからだ」  自分の頭にこんな言葉が棲んでいたとは驚きだった。が、言ってみると確かにそうだ、と妙に納得する。しばらく待つと、アルマは顔を上げ、鼻をすすって涙を拭いた。多少ぐずってはいたが、泣いているようには見えない。 「分かった」 「良い子だ。もう一つ。女の涙ってのは最後にして最強の武器だ。だからって使い過ぎてると安く見られるから気をつけろ。使いどころを考え抜いて使うんだ」 「そんなに簡単に泣けないよ」 「何、時間はあるんだ。ゆっくり練習すりゃいい」  アルマは小さく頷き、それを確認してから、 「じゃあな。元気でやれ」  と腰を上げた。が、上げるなり、 「待って」  と呼び止められた。 「アルマ、もう話は終わりだ」 「そうじゃないよ。出来ることをやるの。だから、これあげる」  と先ほど渡したばかりの金貨を差し出した。そして腕の中にいた黒猫を放すと、上半身をぴんと伸ばし、 「お願いします。リリィを探して下さい。そして生きてたら助けてください。お金はこれだけじゃ足りないかもしれないけど、でもとても大事な人なんです」 「おいアルマ」 「お願いします」  アルマは深く頭を下げた。 「アルマ、無理だ。普通に考えて無理だ、どう考えたって無理だ」 「お願いします。私の精一杯はこれだけなんです」  弱った。  頭を掻いていると、さらに畳み込むように、お願いします、と繰り返す。  うちで最強なのはやはりアルマだ。手に負えないとはこのことだろう。  と、何かしら頭に考えが浮かんだ。それははっきりとしたものではなく、単なるイメージで、捕まえるまでにかなりの時間がかかったが、気づいてみると俺は苦笑していた。  助けに行く理由が見つかったことを安堵している自分を見つけたからだ。  苦笑が漏れた。  自分のことを馬鹿だと思った。それも救いようのない馬鹿だ。だがそれでも気分は悪くない。つまり俺は真性の馬鹿だということらしい。  俺は苦笑を微笑へと変え、アルマの頭を撫でると、 「仕方ねえお姫様だな。分かったよ、請けよう」  と言った。アルマの表情が一気に明るくなる。 「ココ!」  とアルマが抱きつこうとして、シーツに絡まってベッドの上で転んだ。抱き起こすと、恥ずかしそうに笑っていた。頭痛を忘れてしまいそうなほどの笑顔だった。 「ラダーマン、野菜絞ってくれ。それと食い物はあるか?」  だらだらと片づけを続けているラダーマンに、店の奥から声をかけると、元はテーブルだったらしい木片を肩に担ぎ上げ、 「なるほど。今のお前にゃここがカフェに見えるんだな。この間リリィに言われた台詞をそっくり返してやるよ。お前の目な、そりゃ取替え時だ。今なら掃除屋も連中をばらしてねえかもしれねえから、行って頭を下げてきな。こん中で一番性能の良い目ととっかえてくれってよ」 「それから人数を集めてくれ。あ、飯と野菜ジュースのほうが先で頼む」 「ああ?」 「逃げるのは止めた。やられっぱなしは趣味じゃない。やられたら自分の手でやり返すんだよ。顔に泥を塗りたくられて黙ってられるか。あのアル中は俺が殺してやる」  三人は顔を見合わせ、そしてラダーマンとポニーは馬鹿じゃないのか、と言わんばかりの表情を浮かべた。唯一喜んでくれたのはスプリングだけだった。 「そりゃあ分かったが、俺が人数を集めなくちゃならねえ道理はどこにある」  俺は黙って金貨四百五十枚が入った袋を取り出した。 「こいつをくれてやる。中身は金貨で四百五十枚。あんたの取り分は好きにしろ。そいつの残りで、なるたけ腕が立って、相手方にドラゴンキラーが居ても構わないって思ってる馬鹿を集めてくれ。はした金で命をかけられるもの好きがいい」 「いつの間に俺が混じってんだよ」 「年寄りの台詞だな。じゃあいいさ。舐められっぱなしのままで、延々店の掃除してろよロートル。人集めにはパーマーを当たる」 「勝つ算段はついてるのか? たわごと抜かすようだったらこの話は無しだ」 「相手はドラゴンキラー持ってんだぜ? 勝てると思うほうがどうかしてる」  鼻で笑うと、呆れられた上、真剣に心配された。 「自殺は馬鹿のすることだ。勝算が無いんだったらそれ持ってとっとと逃げろ」 「リリィが生きてる可能性が、唯一の勝算だ」 「死んでるだろ」 「死体は見てねえ。まあ、探してもいねえんだが、恐らくは無いはずだ。そんなもんがあるんなら、話の一つも聞こえてきそうだからな。後で裏を取るつもりだが、リリィは連れて行かれたんだろうよ。何のためにか。そりゃあもちろん、仲間に引き入れるためだ」  ラダーマンは黙って先を促した。 「リリィが首を縦に振るかは知らん。そこは賭けだ。最悪の場合、俺たちが銃構えてのこのこ出てったら、向こうからドラゴンキラーが二人、なんて阿呆なことにだってなりうる。で、ここでもう一個賭けだ。リリィが首を縦に振ってないと仮定した上で、連中がリリィを生かして捕らえたままにしといてくれりゃ、まだ可能性って奴は残ってくれてる。後は簡単。助け出して一発逆転ってなもんさ」 「今にも消えそうな可能性だ。可能性、可能性か。良い言葉だな。そんな言葉でたぎっちまうのは正義の味方だけだ。もの好きが手前の理屈を押し付ける時に使う言葉だ。口にする奴は手前が馬鹿だって証明してるってことに気づくべきだな」 「そこに登場するのが金さ。難しい話じゃねえよ。やばい仕事に付き合うか付き合わねえか。ただそれだけだ」 「一人頭十枚出すとして、二十五人までだな。うちはせめて二百は欲しい」 「じゃあもう十人追加だ。出したくなかったが仕方ねえ。俺が追加で百枚出す」 「あん? そりゃお前の金だろ?」 「こいつはリリィとアルマの分だ。俺の取り分は三百」 「ああ。そうなのか。しっかし、十枚のはした金で腕利きねえ。まあいいだろ。そっちはなんとかする」 「乗ってくれると思ってたよ。あんたなら生涯現役ってのも達成出来るかもだ」 「俺の店に糞垂れた連中にゃ、死ぬよりつらい仕置きが必要だ。が、やばくなったら逃げるぞ。いいな?」 「そりゃもちろん。誘う連中にもそう言ってくれていい」  ラダーマンはふん、と鼻を鳴らし、そして俺に鍵を投げた。 「荷物を置いて来い。それまでに食い物の用意をしといてやる」  俺は攻撃的な笑顔で応じ、そして店を後にした。  階段を上る足に、心無しか力がこもった。  頭はやっぱり痛かったが、殺し合いを楽しめる程度にまでは落ち着いていた。  心が弾んでいく。  恐らく、いや絶対に頭痛のお陰に違いないと決め付けて、俺は事務所の鍵を開けた。  その日の夕方、パーマーベイカリーに顔を出すと、当の本人が薄笑いで出迎えてくれた。 「災難だったようだね」 「真っ最中だよ」 「この間のチーズとヨーグルト、美味しく頂いたよ」 「そりゃ結構。それで仕事を頼みたいんだがな」 「用意は出来ている」 「は?」 「ロブ・アレンビーが代表を務める組織の構成員名簿。欲しいのはそれだろう?」 「まあそいつも欲しいっちゃ欲しいが、そんなもん用意してたのかよ」 「あれ、違ったの? 人を集めているって耳にしたものだから、てっきり何かやるものと思っていたんだけれど」 「耳が良いな。で、幾らで売るつもりだったんだ?」  パーマーはにっこり笑って、 「今の君にはドラゴンキラーが居ないからね、吹っかけようかな」 「二十枚までなら払う」 「百」  俺は煙草を取り出そうとしたが、棚に並んだパンを見て大人しく手を引っ込めた。 「リリィの居場所は分かるか? それとセットでなら百枚出す」  一切の前置きなしにそう言った。こいつなら事情を知っていても不思議ではない、と期待してのことだったが、パーマーは期待通り、 「カンパニーの本拠はサードの事務所だ。彼女がまだ生きていると仮定すれば、恐らくはそこに居るんじゃないかな。ドラゴンキラーを拘束するのは、やはりドラゴンキラーにしか出来ないと思うし」 「知らん名前が一個出たぞ。サードってのは知ってる。サード工務店だったか? まあチンピラの集まりだ。そいつはいい。カンパニーってのは?」 「ロブアンドアイロンカンパニー」  わざとらしくため息をついた。 「ああ、全く嫌味なぐらい分かりやすい上に最悪の名前だ。もうちょっと捻ってくれると、俺としても張りが出るんだが」 「ただカンパニーと呼んだほうがまだ許容出来るのは確かだ。さて話を戻そう。彼女が拘束されているとしたら、恐らくはサードの事務所だろうとは思う。けど、これはあくまでも可能性だ。ドラゴンキラーを拘束する手段はもう一つ」 「飯を抜く、か?」 「そう。一般的に二日で動けなくなって、三日で餓えて死ぬとされているけどね、確かめたわけじゃないから、どの程度真実なのかは知らない。が、常識とさえされていることだ。疑うのもどうかと思うから、これは信用してみよう。それで、彼女が食事を与えられていないと仮定した場合、拘束しておくのはどこでもよくなってしまうわけだね」 「あんまり想像したかないがね。とっ捕まったのが昨日か。今日で二日目。最悪の場合を想定するなら期限は明日か。笑えるな」  俺の愚痴をものともせず、パーマーは脇に控えていたアズリルに向かって頷いた。それを受けて、アズリルが大きめの封筒を寄越す。名簿だよ、とパーマーが口にしたため、俺は早速中身を確認した。  知った名前が幾つもあった。どうやら中、小の組織を纒《まと》め上げているらしい。大した手早さだが、問題は人数だった。こっちで集められそうなのは三十人前後。対する連中は百二十人強。彼我兵力差は歴然だ。  俺はしかめっ面のままで、手にぶら下げていた鞄から、金貨を取り出し、百枚数えて渡した。パーマーはその金貨を確認しつつ、 「手はあるの?」 「小勢だからなあ。こいつを渡して、方々に散らして、奇襲を重ねてくしかないだろうな。ど正面からやりあったら火力の差で揉み潰される。それも、ドラゴンキラーが出てこなかった場合の話だぜ。出てくりゃ一分で皆殺しだ」 「それだと時間が掛かりすぎる」 「敵の戦力を削そぐ必要はあるだろ」 「もたもたしていたら彼女が死ぬ」  俺は眉をひそめ、 「熱でもあるのか? まるで俺に金の助言を与えようとしてるみたいだ」 「長く稼ぐつもりなら、街はこのままのほうが望 ましいんだよ。混沌《こんとん》としてるほうがいい。そのためには強力過ぎる組織、誰も逆らえない組織はあってもらっちゃ困るんだ。ドラゴンキラーを失った商会は、特別な大組織から、普通の大組織に成り下がった。それでもなんとかやってはいるけど、状況は以前と比べて不透明になってる。そこに生まれるのは競争意識だ。そして競争には、情報が必要だろう?」 「自分の利益のために俺に勝たせたいってわけか。分かりやすいな。じゃあ勉強しろよ。百枚ってのはぼったくりもいいとこだ」 「それとこれとは別問題だよ。今は商機だ。逃さず儲けないとね。さて話を戻そう。君に勝機があるとすれば、彼女を首尾よく取り戻せた場合だけだと思う」 「そう思ったからここに来た」 「だから半日くれ。明日の朝までに彼女がどこにいるか調べをつける。僕のこれまでの実績に誓って、確度の高い情報を」 「幾らで?」 「百」 「面倒事が飯の種ってのは、俺もお前も一緒だな。全く、いい性格してやがる」 「もちろん買うよね?」 「百五十出すから、何かアイデア出しといてくれ」  パーマーはにっこり笑って、 「毎度どうも」  と言い切った。手元の金貨は五十枚になった。  カフェに顔を出した頃にはすっかり日が落ちていて、本来なら客足が伸びる時間帯だったものの、客は一人も居なかった。代わりに居たのは、ラダーマンの話に乗ったもの好きな便利屋どもだ。  数えたら二十人いた。その中で知った顔は半数ほど。もの好きを集めろとは言ってみるものだ。見事に荒事専門の連中が顔を揃えている。連中は瓦礫《がれき》の上に腰を下ろして酒を酌《く》み交わしていた。律儀なのか商魂逞《たくま》しいのか、ポニーとスプリングが酒やら簡単なつまみやらを配っている。  カウンターに肘を置くと、ラダーマンが近づいてきた。 「野菜ジュース」 「無理だよ馬鹿。今は倉庫のほうに突っ込んでたちっとばかし高級な酒しか無ねえ。値が張るが、それでも飲むか?」 「グラス売りはやってんだろうな?」 「一杯金貨一枚からだ」 「高《たけ》えよ」 「八割寄付金だと思え」 「くたばれジジィ。後で部屋帰って飲む。で、人数はこれで全部か?」 「だな。街は見て回ったか?」 「パーマーんとこ行ったきりだ」 「酷《ひで》えことになってる。ほれ、痛みが出るってあの病気、ドラゴンキラーの仕業らしいじゃねえかよ。そいつを使ってでかい組織を狙い撃ちにしてやがる。助けて欲しけりゃ傘下に入れ、だとよ。舐めた話だが、相手はドラゴンキラー抱えてるからなぁ、そのうち嫌でも首を縦に振るだろ。そうすりゃ連中はもっと太って手がつけられなくなる。やるなら出来るだけ早いほうがいいだろうな」「俺たちが無事なのは、相手にされてないからか。ちっぽけだったのが幸いだったな」 「集まったのが二十人。俺たち合わせて二十四人だ」 「予定より少ねえな」 「世の中そうそう上手くはいかねえよ。方々に声かけちゃみたが、これで精一杯だ」 「小隊にも満たねえ戦力で、か。ここまで絶望的だと笑えるな」 「で、どうすんだ?」 「リリィの生死を確認する。生きてたら助ける。具体的なことは、パーマーが連絡を寄越してからだ」 「なんだ、じゃあこいつら帰しちまっていいのか」 「朝までには届けるとよ。連絡を貰い次第動きたいから、このままでいい。仕切りはあんたに任せる」 「お前の仕切りじゃねえのかよ」 「あんたのほうが人望がある。ああ全く、認めたかないんだがな、そいつが事実だ。だったらそのほうが物事が簡単に回る。むかつく話だ」 「キャリアの差だな。手前もあと十年綱渡りを続けられりゃ、俺みたいになれるだろうよ」 「明日死にそうだけどな」 「死ぬところまで踏み込むのは馬鹿のするこった。要は見極めが大事ってことだな。端《はな》から勝負になってねえんだ。ちっとばかし溜飲《りゅういん》下げたらとっとと逃げるとしようや。この集まりの名前を教えてやろうか? むかつく連中に嫌がらせしようの会だ。会費は無料。ただし命がけってよ」 「切れがないぜ。酔ってんのか? それとも不安か? まあいい。後は任せる。パーマーから使いが来たら呼びに来てくれ」 「どうすんだよ」 「寝る」 「図太い野郎だ」 「心配ならスプリングかポニー貸してくれ。何なら二人ともでもいい。良く眠れること間違いなしだ」 「殺し合いの前には女を断つのが俺の習いだ。お前も合わせろ」  俺は再び苦笑し、片手を挙げてカフェを後にした。  事務所の寝室に戻るなり、ベッドに倒れこむ。うつ伏せになったまま、スペアの銃を差していたガンベルトを抜き、枕元に置いた。左脇の銃も同じく外す。ホルスターに手をかけたところで息苦しくなって仰向けになった。  天井。  一日が終わろうとしている。  アル中が好き勝手やっている。  俺はリリィの生存を確信している。  負けだ無謀だと吹いていても、負ける気が少しもしないのは何故だ。  自棄になっているのか。  否。断じて違う。ぴんと来ないにも程がある。じゃあ何だ。  しばらく真っ黒い天井を見上げ続けて、ようやく答えを出した。  元中尉風情を恐れる道理は無い。  俺は真剣にそう思っているらしく、自分の馬鹿さ加減に愛想が尽きそうだった。  まあいい。全部は目が醒めてからだ。 [♯改ページ]   男と女 「これからどうするの?」  もはやこの一件にはけりがついた、というのは私とロブの共通の見解だった。  だからその先のことを訊ねた。 「どうしたい?」 「ずるい。訊いているのは私でしょう」 「お前のやりたいようにやればいいさ。こんな街に流れてくるような人間はな、空っぽなんだよ。やりたいことなんざ何一つ無いんだ。だから手近にあって分かりやすい金とか、力とかに拘るんだ」  悲しい言葉だった。だが、それは私も同じだと思った。 「本当に好きにしていい?」 「ああいいさ」 「一緒に来てくれる?」 「もちろん」 「どこかの街で、養子を取って、当たり前に暮らしたい」 「ああ、それも良いな」  それきりロブは黙った。  自分で口にした言葉がやけに耳に痛かった。その言葉はやがて頭の中で反響を繰り返し、不意に現実に引き戻された。  当たり前の暮らしなど、もはや望むべくもない。私の体は当たり前を許容しない。  だから。 「ごめんなさい」  そう呟いた。 「どうした?」 「忘れて」 「何考えてるかすぐ分かるな。安心しろ。お前がそう望むなら、俺がそれを実現してやる。この街で金をかき集めたら、二人でどっかの田舎に行けばいいさ」 「ありがとう」  そう答えた。 [♯改ページ]